吃音改善のグループカウンセリング    ***廣瀬カウンセリング東京ブログ***     『ひろせカフェ』

廣瀬カウンセリング東京ではどもり(吃音)の改善を目指したグループカウンリングを開催中です。
無料見学は随時募集中。
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2019年07月

こんばんは。若手ブログからようやく引っ越してきたシンザンさんです。

先日、『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著。新潮新書)という本を買いました。

発達や知能に問題を抱えた非行少年たちの実態がどうなっていて、どのように対応していくべきか書かれた本です。

この本の冒頭に興味深い話が出てきました。
筆者が、複雑図形の模写といって、図形を模写させてその人の認知をみるテストを行ったときの話です。

まず、こういう図形が出てきます。

キャプチャ























この図形(図1-1)を暴行傷害事件を起こして入所してきた非行少年に模写してもらったところ、下のような図形(図1-2)を書いたそうです。
キャプチャ2













これを見た著者の方は衝撃を受け、それを報告された少年院の上層部にも衝撃が走ったそうです。

見るものがこれだけ歪んでいるとしたら、おそらく聞いたことも、読んだことも相応に歪んでいるだろう。だとすれば、我々大人が彼らに話す言葉は、ほとんど聞き取れないか、聞き取れたとしても歪んで聞こえているだろう。

少年院では認知行動療法に基づくアプローチが多く行われているそうです。
しかし、認知行動療法は認知機能に問題の無いことを前提としているので、このように認知機能に問題のある場合には効果が出にくい。
では、一体どうすればいいのか…。

この本に書かれているのはかなり極端な例ですが、それに似たことは吃音でもあるなと思いました。
以前に見学に来たある方は、なぜか教室での音読を自分の吃音改善状況を試す場のように捉えていて、音読後に感想を聞いたら「○○というテクニックを使ったのですがうまく喋れませんでした」などと言っていました。
「吃らずに話そうなどとは考えず、自然に読んでみましょう」などと事前に言っていても、それが全然伝わっていないということです。
グループで話し合いましょうと言ったはずなのに、自説を延々と開陳する人もいます。
会話のキャッチボールが成立しにくいのは、教室に来られている皆さんもよくご存知のとおりです。

私自身もそれなりに歪んでいる(いた)と思います。
歪んでいるから吃音になるわけですよね。
しかし、私は自分が多分おかしいだろうことを最初から自覚していたので、自分の考えをそもそも信用しておらず、人の話を聞いて吸収することに努めていました。
私のこういう気質は、吃音から比較的速やかに改善するのにプラスに作用したと思います。
他の人の言うことに耳を傾けず(あるいは自分の都合のいいところだけ聞く)、自分の頭だけで考えるようなタイプの人はなかなか上手くいかないですね。

この本によると、上記のような非行少年が変わる突破口は「自分への気づき」と「自己評価の向上」だそうです。
こうした様々な知見を参考にして、教室でのカウンセリングにも役立てていきたいと思っています。
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kikiです。ようやく梅雨が明けそうですね。また暑い夏がやってきます。
皆さんは宝くじを買ったことがありますか?
私はそこであまり「運」を使いたくないので、買わないのですが、、。

買う時は「当たったらきっとあれもこれも買って幸せになれる」と思いますよね。
では本当に幸せになれるのでしょうか?

これを調べた人がいます。
実際に調べると幸せになったと言える人は少ないようです。

人間は自分がイメージしたことしか出来ません。
大金が手に入ってもそれからどうするのか?をイメージしておかないと
お金があっても有効は使い方が分からず、人生を失敗してしまうようです。

お金は目的を達する「手段」であって、「目的」ではないのですね。

これを吃音に当てはめるとどうでしょうか?
吃音の克服が「目的」になっていませんか?

廣瀬カウンセリングの目的は本来の自分を取り戻し活き活きとした人生を歩むことにあります。
吃音の改善はそのための「手段」です。

私達は吃音が治ったらどういう人生を送りたいか?
そこを具体的にイメージするといいと思います。
何故なら人としての本来の意欲が増して改善が早くなるからです。
それにそっちの方が楽しいですよね。

ではまた!

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こんばんは、つるぱくです!

いま、地区の高校野球予選が行われていますね。
その一生懸命戦う球児や応援する在校生徒を見て、あまりものその純白さにおっちゃんは涙をすることが
あります。
高校3年生はここで負けたら、即引退。それゆえの必死さ、「純白さ」。たまらんす!

でも、思うのです。その純白さ、吃音者とおなじやんけ!(なぜか、関西弁、、、)
私は吃音者で悪い人間をみたことがありません。
あまりにも純白です。それは長年の苦労と理想を追い求める心がそうさせているのかもしれません。

ただ、高校球児と違うのは、
1.高校球児は夢を追っているところ、吃音者は現実から脱しようとしているところ、
2.高校球児は仲間と戦っているところ、吃音者は孤独で戦っている場合が多いところ、

私は廣瀬に入ってはや1年7カ月になりますが、思う事は廣瀬の組織は高校野球の組織と似ているかもしれません。
そこには選手(現役生)がいて、OB(修了生)がいて、コーチ(カウンセラー)がいます。
選手同士が思った事を言い、同じ悩みを持つ選手の気持ちを聞いた後の爽快感はたまらんす。
OBやコーチも共感してくれます。希望が持てます。
だってOBやコーチは吃音を乗り越えた人、甲子園に行った方々だから。

絶対一人でなやむより、チームで悩んで戦った方が良いと思います。

もし、このブログをみて方が一人で悩んでいる方だとしたら、一緒に戦おう!一緒に甲子園に行こう!

https://www.youtube.com/watch?v=l-C6WvHgUb0

https://www.youtube.com/watch?v=P-rU_SiqxOo&feature=youtu.be&fbclid=IwAR0Y3_hMO_kPsQiOuwX061SdO2U151Gc7D-JkMpa_uHRHe-CZtRgE0R9gko

髪型は高校球児のつるぱくより




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こんにちは、キャメロンです。
今日の復習会に、参加された方、お疲れ様でした。

どもってもいいやと思って話してみたらどもらなかった、そんな話が何人かの方からありました。

これ、とっても不思議なんですけど、本当なのです。


別の言い方をすると、

どもらず話すには、どもってもよいと考える、

となると思います。


吃音者に繰り返し起こるどもりには効きめ抜群だと思います。


ただ、最初は勇気が必要ですね。


でも一度やってみる価値ありそうです。



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kikiです。今日はテレビで「プレバト」の俳句を見ていたのですが、
毎回おーっと思います。短い言葉の中で自分の印象を現す俳句ってすごいですね。
教室で学んでいる内容ととても近いと思います。

何故いいのか考えてみました。

①相手にどう伝わるか?を考えて作ること。
俳句は短い言葉の中で情報をどう相手に伝えるかを真剣に考えます。
そうでないと自己満足に終わるからです。
吃音者は伝えることより自分が吃るかどうかが大事で、そこを疎かにしてませんか?

②活き活きとしているかどうか?
芸術全般ですが、感動が伝わってこなければ意味がないですよね。
これも私達が話す時に気持ちを伝えているかどうかが大事ですね。

③自分への洞察
自分が普段何を見て何を感じているか?
俳句を詠めば分かります。
これはブログを書くのも同じで、書くと自分が何を感じているのかが見えてきます。
これは自分を自覚をすることにも通じますね。

④自然を切り取ること。
自然は一瞬として止まることがありません。常に変化して同じ状態は一瞬にして消えます。
そこを留めて普遍化するのが俳句なのかも知れません。
これは私達が吃った感じを留めることに似てませんか?
吃った感じも一瞬にして消えますね。でもその感じを持ち続けることが大事です。

よく教室で一生懸命メモをしている人がいます。
否定はしないのですが、教えられたことや人が言ったことをメモしてもあまり意味はないと思うのです。
大事なのはそこで何を気づき何を感じたのか?ですよね。
そしてその気づきは一瞬です。ひらめきのようなものです。
メモに集中してたら忘れませんかね?
それよりは「心に刻むこと」が大事かと思います。
絵や音楽で感動してメモとる人はいるでしょうか?

俳句も何かあったとか情景をただ描写するだけではなく
何を感じたのか?が大事ですよね。

と、俳句の良さを書きましたが私は俳句は詠みません。(笑)
あ、余裕がある人は詠んでみた方がいいと思いますけどね。
でも俳句に変わるものは沢山あると思います。
そこはそれぞれが考えればいいと思います。

ではよい週末を!
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こんにちは、ツルビッチです!

日曜日の夜、ウィンブルドン男子決勝  ジョコビッチ対フェデラー観ましたか?
 レベルが信じられないくらいに高く、本当に面白い試合でした。

さて、ツルビッチも昨日、テニス練習でダブルスの試合をしました。
テニスって、試合の始まる前に自分、相手を格付けするのですよね。
5段階で格付けすると
昨日は自分のペアが4、4 相手のペアが3、3。
普通にやっていれば勝てるなと思い試合をはじめました。
ところがどっこい5-7で負けてしまいました。。
こんなはずはないと思いましたが、こんなはずはないという考えが
吃音の考え方に非常に似ていると思いハッとしてグッときました!

自分は仕事で格上と思う人、自分より能力が高いと思う人の前ではどもる傾向があります。
これって、相手の一面だけを観て、相手が全てにおいて格上だと思ってしまうのです。
100か0かの考えです。自分はこの傾向、思い込みがとても強いです。
思い込んでそこで思考が停止してしまうのです。。。

もっと、緊張する時や、試合中に冷静に分析すれば、
例えば、相手はこの部分は優れているがこの部分は並みだ、癖がある、
テニスだとサーブは普通のポイントの時は速いが、大事なポイントではいれてくるだけになる等、
結果も違ってくるのかなと思いました。

この考えが身につけば、吃音も緩和され、テニスの勝負処にも強くなるのかなと
ハッとしてグッときたところで一曲歌わせてもらいます。



https://youtu.be/6saPxqfYUe0


 また、書きます。
ツルビッチより 



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ツルピカです!

昨日、テニス仲間と飲みに行きました。
そこで言われていたことがQuality of life。
如何に充実した人生を過ごすか。

人生は仕事や自己啓発も大事だが、でも自分の好きなこと大事にしなくちゃね!という話。
趣味を極めるのもいい人生だ !
その時はどもりのことなんか考えないしね。

自分は、仕事を趣味にすればどもらないかもと考えました。
結局、どもりを理由にして仕事から逃れているだけでは?
仕事と趣味の違いってなんだろう?


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また書きます。 
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kikiです。今回は映画のお話を。
先月映画の「アラジン」を観ました。
ミュージカルはさほど好きではないので期待はしていなかったのですが、とても良かったです!
公開から今でも1位を維持していて予約も難しいようなので、映画の良さが伝わっているようですね。
曲はポピュラー過ぎて今までこれといってのめり込むことはなかったのですが、
今回新曲があります。
スピーチレスという曲です。
「心の叫び」という意味ですが、これは王女はこうあるべきと
決めつけられたジャスミンが本当の自分の意思に気づいていく時に歌われる曲です。
いい曲だと思います。

映画の中でいつくかポイントとなるシーンでアラジンがジャスミンに言うセリフがあります。
「僕を信じて」
王宮しか知らないジャスミンが新しい世界を見て少し不安に思う時のセリフです。

少し前に吃音が治っていく(もしくは変化していく)のが怖いという現役生がいました。
正直な感想だと思います。
私達はずっと吃音で悩んできて、自ら自分の世界を小さくしています。
そしてその中にいることが当たり前になり、ある意味その狭さが心地よくなっています。
もし吃音が治ったら、、、。どうなるのか?
それは確かに私達の望みかも知れません。
でも治った先の人生は想像がつきません。
吃らない世界ってどうなんだろう?
もしかしたら思いもよらない困難があるかも知れない。
吃りじゃなかったら出来ると思ってたことが、実は出来ないのかも知れない。
そう思ったら以外と不安じゃないですか?

狭い池の中で長くいた魚が大きな海にいきなり出たら怖いと思うのです。
もしかしたら私達は吃音を治したいと思っていても
どこかで心のブレーキをかけているのかも知れません。

吃音が治っていく過程で私達は今までの自分の常識を捨てて
新しい世界へ飛び込む勇気が必要です。
ジャスミンが王宮の世界から飛び出すように。

「僕を信じて」
勇気を出すのは一人ではなかなか難しいものです。
でも仲間となら、、、。
勇気をづけをしてくれる人がいたなら、、、。

廣瀬カウンセリングはそういう場所です。

ではまた!

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つるつるです。廣瀬現役生です。初めての投稿です。

私は最近ヘアスタイルをハゲからスキンヘッドに変えました。
みなさんは、ハゲとスキンヘッドは同じと思っているかもしれませんが違います。
ハゲは髪のある所とないところがわかります。
でもスキンヘッドは境目がわかりません。すべて剃っているから。
そして、スキンヘッドってなぜか爽快なのですよね。
どうどうとしているのですよね。

これは、吃音の世界と似てるのですね。
ハゲは吃音と同じでつきあっていくしかない。
それだったら、ハゲをもっと開き直る形、それがスキンヘッド。
スキンヘッドになるとマッチョも似合うようになり、何か新しい世界も見えるのですね。

吃音も開き直るといいかもですね。
隠すよりもカミングアウト、吃音をみんなでシェアすることもその一つです。
だってしょうがない事だと思います。悪い事はしていないし。
一曲歌わせてもらいます。
https://www.youtube.com/watch?v=HjhRJE5ZzyI

では、また書きますね。
他の現役生も書いてほしいな。

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kikiです。初めまして!おやじブログからのお引越しでこちらやってまいりました。
なので私はおやじです。(笑)
これからよろしくお願いします。

今日はブログを書く意味について書いてみたいと思います。
私がこの教室に入会したのは2010年だったでしょうか?
そしてすぐにブログを書き始めました。

当初は教室の内容はほぼ分からず、教室より飲み会に参加するのが楽しみだったのですが
教室の内容がだんだん分かってきたきっかけは他の人が書いたブログを読んでからでした。

人それぞれ分かるきっかけがあるので、それは自由ですが
私は現役生もなるべくブログを書いた方がいいと思います。

最近現役生が自主的に教室の振り返りをメーリングリストで投稿しています。
これはとてもいいことです。
ただ、何をしたとか誰が何を言ったとかを書いてもあまり意味はないように思います。
大事なのは自分がそこで何を感じたのか?です。

そういう意味ではブログはとて効果があります。
まず、ブログを書こうと思ったらネタを探さなくてはなりません。
日々の中で「これはネタになるか」とか「どういう風に書こうか」とか
考える様になります。
つまり、受け身ではなく主体的に物事を見るようになるのです。
普段の自分とブロガーとしての見方と2つになるのですね。
このクセがつくとグループカウンセリングでも発言が増えてきます。
前からブログはいいと言っているのに、何故書かないの?
私には分かりませんねー(笑)

それとアウトプットは大切です。
アウトプットすると自分の気づきや感じたことが周りにシェアされます。
周りの気づきにもなるわけです。
そしてアウトプットした人は、今度は新しい何かが欲しくなります。
つまり新しくインプットをしたくなるわけですね。

アウトプットしない人は心が「今」のままで一杯なので
インプットも出来ないんですね。
この差は大きいです。

これはグループカウンセリングの本質でもあります。
お互いにインプットアウトプットすることによって
相乗効果が生まれ新たなモノの見方が出来ていくようになります。
これは吃音の改善にとてもいいのですね。

ですから皆さんも是非このブログに参加していただきたいと思います。

ではまた!

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